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東京高等裁判所 昭和36年(う)1160号 判決

控訴人 検察官 平出禾

被告人 木村正雄 外一名 弁護人 高橋徳 外一名

検察官 青山利男

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役八月に処する。

被告人両名に対しては本裁判確定の日から各二年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。

被告人両名から金一万二千五百円、被告人木村から金一万円、被告人吉田から金三万円をそれぞれ追徴するる。

訴訟費用中、原審の証人福田雄一及び同河野辺文吉に各支給した分は被告人吉田の負担とし、当審の証人大貫仁、同斎藤一郎、同古沢脩及び同石塚寅吉に各支給した分は被告人木村の負担とし、爾余の原審及び当審の各証人に各支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人木村の弁護人高橋徳及び被告人吉田の弁護人菊地三四郎がそれぞれ差し出した各控訴趣意書並びに検事青山利男が差し出した宇都宮地方検察庁検察官検事正代理次席検事辻辰三郎作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

高橋弁護人の事実誤認の論旨のうちの第一点について。

刑法第一九七条第一項後段にいわゆる「請託」とは、公務員に対して、その職務に関して一定の行為を行うことを依頼することであつて、その依頼が不正な職務行為の依頼であると正当な職務行為の依頼であるとを問わないと共に、必らずしも事前に明示的にされることを必要とするものではなく、賄賂を供与すること自体により默示的にその依頼の趣旨を表示することをも含むものと解すべきところ(最高裁判所昭和二六年(あ)第二一九号昭和二七年七月二二日第三小法廷判決最高裁判所判例集第六巻第七号第九二七頁以下及び東京高等裁判所昭和二八年(う)第八四二号同年七月二〇日第七刑事部判決、高等裁判所判例集第六巻第九号第一二一〇頁以下参照。)、原判決が引用している各関係証拠によれば、原判示第一の(一)ないし(六)の各金員はいずれも原判示第一の(一)ないし(六)の各農地を宅地に転用するための所有権移転に関する許可申請がなされてからその許可があるまでの間に、論旨も認めているようにそれぞれ「よろしく頼む」といつて供与されたものであり、なおその大部分は鹿沼市農業委員会が右申請の当否について実地調査に来た際又はその直後に供与されたものであることが明らかであるから、右各金員はいずれも原判示第一の(一)ないし(六)に記載されている具体的な申請に関してそれぞれ原判示のような趣旨で供与されたものと認めるのが相当であり、このように具体的に特定した事件について、原判示のような趣旨で公務員に金員を供与した場合には原判示のような默示の請託があつたものと認めるのが相当であるから、原判決が原判示第一の(一)ないし(六)の各所為をいずれも受託収賄罪に問擬したことはまことに相当であつて、これを非難することは当らないし、又原判示第一の(一)及び(四)の各所為がそれぞれ公訴時効にかかつているとの主張はその前提を欠き、これを採用することができないから、論旨はすべて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 加納駿平 判事 河本文夫 判事 太田夏生)

弁護人高橋徳の控訴趣意

原審の判決は、本件収賄を受託収賄と認定して居るけれども之は明かに事実誤認である。

本件は被告人が現金受領にあたつて贈賄者である稲葉鉄弥、荒川元一郎、市川弘一、白石喜一郎等から「宜敷くお願いします」と述べられただけで、請託の具体的内容は何一つ述べたところはない。(以上贈賄者の捜査官及び公判廷における供述、被告人木村の捜査より公判廷の供述)且つ職務は之等贈賄によつて何等の影響はなく、正当に行はれて居る。(被告人木村の一貫せる供述)。かかる場合「宜敷くたのむ」という抽象的儀礼的言葉は、贈収賄事件においてはそれが単純収賄であると受託収賄であると、その他の収賄の場合であるとを問わず一般的に使はれるところであり、斯様な抽象的言葉が使はれただけでは収賄の罪を区別する理由とはならない事は言うまでもない。その時の環境乃至事情から「宜敷頼む」という簡易な言葉の中に請託の具体的内容が把握出来る場合ならこの言葉をもつて受託収賄を認めたとしてもあえて不当とすべき筋合ではないけれ共本件の如く、職務の内容が複雑であるばかりでなく殆ど総ての手続に現地調査という苦労のある手続をともなうものであり、且つ本件の職務は一般通常通り正当に執行され、何等贈賄者側に便宜を与えた事実はないのであるから、贈賄者側に於ても被告人等の正当な職務行為に対し、昼食等を提供して、その労を「ねぎらう」意思であつたと認むるが相当であり、又収賄者である被告人としては正当な職務行為に対し、その労を「ねぎらう」ものと考えられて受取つたもので、その他の意味は認識して居なかつたものである。従つて仮に贈賄者側において具体的請託の意味をもつて本件金銭を提供したとしても、被告人は右「宜敷く頼む」という言葉だけではその具体的内容を認知し得ないのは当然である。その簡易な言葉の中に具体的請託の内容が含んでいたと認めるに足る証拠は記録上何処にも見当らない。原審判決は「宜敷く頼む」なる抽象的儀礼的言葉に捉はれ、直ちに以つて受託収賄と認定した嫌があり、環境、事情その他証拠をもつて右言葉の中に請託の具体性を認定した形跡はない。証明のない事実は疑はあつても事実として認定出来ない事は裁判の原則である。之を無視した原判決は事実誤認と言わなければならない。本件は単純収賄の事実をもつて処断すべきものと信ずる。若し以上の如く本件を単純収賄罪と認定するならば、原判決第一の(一)第一の(四)の各犯行は起訴当時既に三年以上を経過し時効完成して居たものであるから右犯行は免訴の判決があつて然るべきものなるに不拘有罪の判決を為したのであるからこの点についても判断を誤つて居るものと言はねばならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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